「自分」への信頼を失うな・感情を出したほうが好かれるの読書感想メモ!

Pickup!


毎日スッキリ!便秘を解消・体質改善させる方法!7つのヒント! 


誰でも今すぐ野菜作りが始められる!市民農園のすすめ!


音楽理論がわからない人が直感で曲を作るのにオススメなグルーブボックス! 


センスが悪い人でもインテリア作りで失敗しない方法!


ずっと彼女がいない人におすすめな本→ずっと彼女がいないあなたへ


「自分」への信頼を失うな・感情を出したほうが好かれるの読書感想メモ!

感情を表に出すというのは、私がとても苦手とすることで、それが原因で人間関係が上手く行かないなと感じて悩んでしまうことも良くあります。

 

感情を表に出したほうが良いということはわかってはいるのですが、今までやって来たやり方を変えなければいけませんから、なかなか実行するのは難しいです。

 

 

ですが、このまま放置しておくのも良くないと思いますから、改善させる努力は続けて行くべきなのかなと思います。

 

 

そんなことを考えつつ本書を読んでみました。

 

 

ここでは、気になった部分をピックアップして行きたいと思います。

 

 

 

本書を読んで気になった点をピックアップ

 

虚勢を張っている人は「あの人は立派である」ということを勘違いしている。

 

「あの人は理想的である」ということを勘違いしている。

 

男らしいということを勘違いしている。

 

女らしいということを勘違いしている。

 

 

自分を隠した紳士ぜんとした人を「男らしい」と勘違いしている。

 

だから本当に惚れてくれる女性がいない。

 

(中略)

 

自分の弱点を出せることが男らしいということなのである。

 

自分の弱点を出しても平気であるということが理想的な人間なのである。

 

 

弱点のないことが理想的人間ではなくて、弱点が出ても心理的に混乱しないことが理想的人間なのである。

 

 

虚勢を張っている人は弱点がないことを理想の自分として考えているからおかしくなってしまうのである。

 

だから生きることがつらくなってしまうのである。

 

そういう人は尊敬されたくて必死の努力をしているが、どうなったら尊敬されるかということがわかっていない。

 

 

だから努力が実らないのである。

 

 

そういう人の願う「理想の自分」を彼らが演じても、周りの人は彼らを理想の人間とは思わない。

 

 

弱点を隠して「理想の自分」を演じても人は親しみを感じない。

 

そうではなく自分の弱点が出ても平気でいる人を見て「立派だなあ」とか「男らしいなあ」とか、「素敵な女性だなあ」とか思うのである。

 

 

虚勢を張っている人の願う「理想の自分」を彼らが演じても、周りの人は「何かあの人には心を感じない」と思ってしまう。

 

つまりその人と心がふれあえない。

 

 

虚勢を張っている人の願う「理想の自分」は「こころ」のない人なのである。

 

彼らの願う「理想の自分」はどこを切ってもその人らしさがない。

 

 

(中略)

 

 

多少オーバーに言えば、そういう意味での「理想の自分」とは「不自然な最低の自分」なのである。

 

理想の人間どころか、人間としてきわめて不自然で最低の人間なのである。

 

 

心理的に健康な人であれば、誰でも「できればつきあいたくない人」なのである。

 

 

 

弱点が出てしまったって、それで、その人を男らしくない人だとか、女らしくないとか普通の人は思わない。

 

そう思う人は虚勢を張っている人なのである。

 

 

逆に言えば、他人の弱点をそのようにやさしさのない眼で見ているからこそ、自分の弱点を隠そうとしてエネルギーを使って消耗してしまうのである。

 

 

そして肝心の現実の自分の可能性を開花させることにはエネルギーが残っていないのである。

 

 

 

もう少し他人にやさしくなれれば生きることのつらさも消えていくのである。

 

他人を冷たい眼で見ることが、本人の人生をつらくしているのである。

 

 

やはり自分から出たものは自分に返ってくる。

 

相手に対する冷たい眼がつらい人生という形で自分に返ってくる。

 

本書3〜5ページより

 

 

 

 

これは本書の冒頭のはじめにの部分なのですが、いきなりここに書いていることには頭を金づちで叩かれたかのような衝撃を受けてしまいました。

 

 

私は完全にここでいうところの「理想の自分」を勘違いしている人間に当てはまっていると感じました。

 

 

弱点だらけなのに弱点をが無いかの様に振舞って不自然になってしまう。

 

弱点がバレてしまったら途端にパニックになってしまって逃げ出してしまう…そんな人間です。

 

 

 

誰よりも優しく人の為を考えている様に見えて、実は誰よりもストレスを溜め込み、内心は誰よりも悪人であるはりぼてのような人間です。

 

このような人間は、まさに典型的な人に好かれようと頑張れば頑張るほど嫌われる人間です。

 

 

本音が無いから嫌われます。

 

いい人ぶろうとすればするほど周囲に不満を溜め込んで、だんだん人間関係に疲れていつかは行き詰ってしまいます。

 

 

 

実は著者も元々はこうした人間だったようですが、私も同じく今このことで悩んでいる人間です。

 

そして、同じことで悩んでいる方は世の中に非常に多いはずです。

 

 

人に優しくしているつもりが人間関係が全然上手く行かない…寧ろ悪化していると感じるという方は、もれなく全てこれにあてはまっているのだと思います。

 

 

本書でも度々書かれていますが、うつ病や神経症・対人恐怖症というものは、こうした自分と他人との乖離から起きてしまうものでもあります。

 

 

出来ないのに出来ると言い、一人で仕事を背負い込み倒れてしまったり、不満があるのに無い素振りを頑張って続ける…不満があると感じることは悪いことなんだ、自分がおかしいんだ、なんてことを考えてしまうからどんどん自分に自信を無くして挙動不審になり、いつも落ち着かないということになってしまいます。

 

 

このようなことになりたく無いのであれば、人生の修羅場で逃げずに立ち向かって行くことです。

 

 

修羅場や、今本当にやらなければいけないことから逃げれば逃げるほどダメな自分が形成され、自信を失い、輝きを失います。

 

 

 

試練は人を大きく成長させるのですから、常に安全牌で回避したり逃げたりせずに、立ち向かって乗り越えて行くことが本当の自分を見失わない一番の方法です。

 

そうすれば、人からも尊敬され、軽く見られない自分が育ちます。

 

 

やるときはやる奴なんだな、ちゃんと自己主張出来るシッカリした人間なんだなと見直されます。

 

 

どんな人間でもそうやって生きて行くことが大切なのだと思います。

 

これ以上自分が嫌いにならない様に、本当の自分の意見に耳を傾けて、もっと自分自身を大切にして行く様にしましょう。

 

 

 

 

自分を出すということは「リラックスする」ということである。

 

自分を出すというと、何か衝動的になることと勘違いしている人がいる。

 

 

自分を出すということは無理をしないということである。

 

 

相手に好かれようと思って何か特別なことをしないということである。

 

相手の好意を期待して行動するときに人は自分を隠す。

 

そこにストレスも生じる。

 

 

 

リラックスするということは防衛的性格になっていないということである。

 

不安からふるまわないということが自分を出すということである。

 

安心するということが自分を出すということである。

 

 

見捨てられないという安心感を持って行動しているときに人は自分を出している。

 

 

自分を出すというと、すごく個性的な生き方をするとか、ものすごい冒険をするとか、周囲のことを無視して自分の趣味に没頭するとか、先に言ったように衝動的な行動をするとか、自分のわがままを通すとかいう風に勘違いしている人がいる。

 

 

自分を出すということは、のんびりと椅子に腰掛けていることなのである。

 

自分の格好を意識しないで、楽な気持ちで椅子に腰掛けて話をしていることなのである。

 

自分を出すということはリラックスして相手と話していることなのである。

 

 

相手に尊敬されようと話題を選ばないで話をしていることなのである。

 

 

自分を出すということはそんな大それたことではない。

 

(中略)

 

 

相手に好かれようとしないで、ただ自然に相手の前に座っているときに人は自分を出している。

 

これといった話題もなく、なんとなく話していることがただ楽しい。

 

そんなときに人は自分を出しているのである。

 

自分を忘れたふるまい−それが自分を出すということである。

 

 

これを言ったら相手に嫌われるのではないかとか、こういう風に言ったら相手に喜ばれるのではないかとか、そんな気遣いをしないで、リラックスして話をしていることが自分を出すということなのである。

 

そんなときに人は自分を出している。

 

 

逆に言えば、リラックスできない人は自分がない人なのである。

 

また、「かたち」で行動しているときには人は自分を出していない。

 

 

「かたち」で行動しているときには自分にも自分がわかっていない。

 

リラックスして椅子に腰掛けながら相手と話をしているときに相手と心がふれあっている。

 

 

(中略)

 

 

自分を出しているときには相手とこころがふれあっている。

 

相手が自分のことをどう思っているかを気にしていないときに相手とこころがふれあっている。

 

 

それが大切なのである。

 

それが「こころ」なのである。

 

(中略)

 

 

自分を出していない人は「自分を出したら嫌われる」と勘違いをしている。

 

それは全くの逆なのである。

 

 

自分を出しているほうが好感を持たれる。

 

 

(中略)

 

 

自分を隠しているときには不安で緊張している。

 

そのストレスが人を拒否している雰囲気をつくる。

 

どんなに立派に行動しても、やはり人はその人を好きにならない。

 

 

それよりも、立派に行動したら好かれるという考え方が間違っているのである。

 

せいぜい自分にふさわしい程度の立派さでいいのである。

 

 

相手の言動がいやなときにストレートに「それはいやです」と言ったほうが好かれる。

 

 

いやなのにいやと言わずに理屈をこねまわす人がいる。

 

自分の「いや」という感情を正当化するためにいろいろな理屈をつける。

 

 

聞いているほうは、何を言っているのかわからない。

 

結局、お互いに不満になる。

 

 

 

「いや」という感情を正当化することは、「いや」という自分の感情にやましさを持っているからである。

 

いやなものはいやでいい。

 

それで相手から嫌われるわけではない。

 

 

そう言ってもらったほうが相手も気が楽なのである。

 

 

「私は相手の言動に対していやと思うべきではない」という考え方のほうが間違っているのである。

 

自分を出すということが感覚的にわかってくれば、つぎからつぎへといろんなことがわかってくる。

 

 

自分を出すということは奇妙な格好をすることではない。

 

安心して座りたいように座ることである。

 

 

気持ちが防衛的でなくなったときに自分が出る。

 

 

相手の好意を求めて自分を作らなかったときに自分が出ている。

 

自然な起居振舞が人を寄せ付けないときには自分を出していない。

 

 

ひとりでいるときにリラックスできたとする。

 

そんなとき「この格好を人前で出したほうがいいよ」と自分で自分に言ってあげる。

 

 

実際、その格好を人前で出したほうが好かれるのである。

 

人を前にして、完全な自分を演出しようとしている人は完全に間違っている。

 

 

世の中にはなんと多くの人が好かれようと行動して、結果として嫌われていることであろうか。

 

 

好かれる為の努力で嫌われる人は多い。

 

そんな努力はしないほうがうまくいくのにである。

 

本書22〜26ページより

 

 

 

 

ここに書かれてあることを読んで思ったのは、良くコミュニケーションの本などに書かれている、「話す時は相手のことを考えて話す」というものは、逆に良くないのかなと感じました。

 

相手が欲しい質問を投げかければ、確かにその場は上手く行きますし、相手は満足するかもしれませんが、延々をそれを続けていたのでは、こちらはいつまでたっても本当の自分を出すことが出来ませんし、結果的に仲も親密にならないと思います。

 

 

相手からしても、「いつもこの人調子のいい事言って」と軽い奴と思われてしまうはずです。

 

ですから、親密な関係を築きたいと思った時には、もっと自分を出して行くようにした方が良いと思います。

 

 

そこに衝突が生まれたとしても、自分を殺してそれを回避するより、断然良いと思います。

 

本当の自分をお互いに出して、ぶつかって乗り越える様にした方が、本当の良い関係が築けるはずです。

 

 

というか、そういう作業をしないと、一触即発で常にお互いに怯えた非常に脆い仮面を被った付き合いを続けてしまうことになると思います。

 

 

 

また、自分の出し方も、ここで言われているように、奇抜な格好をしたり、ワガママを言ってみたり、破天荒なことをするのではなく、ただリラックスして相手に向き合うことです。

 

時々、100%本音を出した結果友達が0になったと言っている人も見かけますが、それは恐らくやりすぎてます。
ワガママを言うのはただの自己中ですから勘違いしてはいけません。

 

 

また、若者で奇抜な格好をして、これが自分の個性だ・自分を出していると言っている人もいますが、それもひょっとしたら自分を出したいけど出し方がわからずファッション面に出ているだけなのかもしれません。

 

自分が出しやすいから防衛的にそうしてやっているのかもしれませんが、結局防衛本能でやっているのであればそれは自然体ではありませんから、鎧を身にまとうのでは無く、脱いでも平気な自分を作る方が良いと思います。

 

変な格好しなくても、自分は十分に魅力的であるということを信じることが大切だと思います。

 

 

 

相手のことを考え過ぎてしまったり、余計な気を遣ったり遠慮したりせずに、何も考えず自然な振る舞いで対処するようにすればこころが触れ合えます。

 

 

人から何かを頼まれると、絶対に断れないし、断るのは悪いこと・断ると嫌われると思い込んでいる人は多いと思いますが、これは完全に勝手な思い込みで強迫観念を抱いている状態ですから自然ではありません。

 

 

対等で良好な人間関係を築きたいのなら、怖くても一歩踏み出して、いやな時は「いやだ」ということが大切です。

 

 

言いたいことを言わないで、いやなことを自分が我慢して引き受ければ確かに楽ですが、それでは不満を溜め込んでしまいますし、相手のことも「面倒なことを頼んでくる奴だ」と、少し嫌いになってしまうと思います。

 

 

そうやって自己犠牲を続けて行くと、どこまでも曲がった人間になってしまいますから、断る面倒臭さを避けないで、その時に「NO」という様にしましょう。

 

なるべく腹の中にどす黒いものを溜め込まないで表に出す様にした方が、人間関係は上手く行くと思います。

 

 

 

本当に対等な関係であれば、それで嫌われることはありませんし、もし嫌われてしまったのなら、利用されていただけだということがわかりますから、そんな関係は継続させない様にすれば良いです。

 

何かを与えないと成り立たないような人間関係は完全に偽物です。

 

ですから、自分も好かれる為に与えてはいけません。

 

 

そんな関係を100人と作っても、本当に困った時には誰も助けてくれません。

 

金の切れ目が縁の切れ目という言葉の通りです。

 

 

人を人を思っていない様な人間に尻尾を振って好かれる必要など全くありません。

 

 

これが自分を大切にするということです。

 

 

自分は特別に何かをしてあげなくても、頑張らなくても、人には嫌われないと信じることが大切なのだと思います。

 

 

本書にも書かれていますが、自分で出来る範囲のことをしてあげて、無理なものは無理と言えば良いですし、「自分にはこれだけしか出来ない、お前も頑張れよ」で良いと思いますし、それが良好でまともな人間関係です。

 

 

 

人間誰しも、一人で家にいる時には本当の自分でリラックスしていると思いますが、その姿を人前でもなるだけ出す様にした方がギャップが少なくてストレスも少なくなると思います。

 

 

八方美人で、家と外では正反対の別人という人も多いと思いますが、なるべくそのギャップが少ない方が健全だと思います。

 

私の周りを見ても、家でも外でも態度が変わらない人の方が、人付き合いは上手いですし安定していると思いますし、そういう人の方が多くの人から信頼されています。

 

 

努力をするなら、いつもなるべく素に近い自分でられるようにするのが良いのかなと思います。

 

 

 

 

広く人生の重荷を背負えば大きくなる。

 

しかし人生の重荷を逃げる人がいる。

 

重荷を逃げた上でどんなに真面目に生きてもどこかにうしろめたさがある。

 

 

自分が修羅場を逃げたことを心は知っている。

 

だからどうしても堂々としたふるまいができない。

 

 

 

広く人生の重荷を背負えば、その人は鍛錬されて心が大きくなる。

 

そして何よりも誇りが生まれる。

 

 

名誉とか、権力とか、財産とかが絶対に与えることができない誇りが、静かにその人のなかに生まれてくる。

 

それが人に安定感を与える。

 

 

落ち着いた雰囲気というのはそこから生まれてくるのだろう。

 

人生の重荷を逃げてあとで座禅をして修養しても心の平静は獲得できない。

 

 

 

もちろん、時にその重荷に潰されそうになることもある。

 

人生の重荷はものすごいストレスである。

 

 

胃を壊すこともある。

 

眠れない夜が続くときもある。

 

 

それは辛い夜の連続かもしれない。

 

しかし最後にはやすらぎがある。

 

 

名誉や権力はそのときにはやすらぎを与えてくれるかもしれないが、長期的には心の問題を何も解決してくれない。

 

 

(中略)

 

 

人生の重荷を背負うとはもう自分の弱点ややましさを隠すことにエネルギーを使わないということでもある。

 

隠すことにばかりエネルギーを使っていると何も生産的なことをしないで、消耗して燃え尽きてしまう。

 

 

(中略)

 

 

失うものを恐れてはいけない。

 

失うものはもともと自分のものではないのだ。

 

失うことを恐れていると、それだけでまた疲れてしまう。

 

 

いったん得ても失うときには失う。

 

(中略)

 

 

努力することはいい。

 

しかししがみついてはいけない。

 

 

執着は人を滅ぼす。

 

一時の心の安心のためにそれ以降の人生を破壊する。

 

 

 

もともと人は裸で生まれてきたのである。

 

人は自分を出したときに強くなる。

 

 

努力しながらもなぜかうまくいかない人は、あまりにも安易に人に好かれようとしたのである。

 

 

従順とか、ご馳走をするとか、お世辞を言うとか、喜ばす話をするとか、何かを与えるとか、そんな安易な方法で好かれようとした。

 

 

(中略)

 

 

人生の重荷を逃げてしまうと、どんなに善人で、どんなに努力してもどこかに怯えたところが出てしまう。

 

善良に生きているのになんとなくびくびくしている人がいる。

 

 

どこが自信がない。

 

穏やかさもない。

 

 

努力して優秀でも心は狭い。

 

人望がない。

 

 

(中略)

 

 

修羅場を逃げてしまえば、そのときだけは心理的に楽である。

 

本当に楽である。

 

 

しかし心は落ち着かない。

 

その落ち着かなさが見ていてなんとなく不安な感じを人に与える。

 

 

その不安から安定しようと人に好かれようとする努力が始まる。

 

そこまでして人に好かれようとするのは心のどこかにやましさがあるからである。

 

 

逃げたことを心は知っている。

 

 

(中略)

 

 

自分を出してしまった人は心が落ち着いている。

 

だから人に好かれる。

 

 

人にご馳走しなくても好かれる。

 

人にいい話を持っていかなくても好かれる。

 

 

人の申し出を断っても好かれる。

 

本書192〜195ページより

 

 

 

 

最近なんとなく自分自身気がつきはじめていたことなのですが、人間の器というものは、どれだけ修羅場をくぐって来たかによって変わってくるのだと思います。

 

漠然と感じていましたが、本書を読んでやはりそうなのかと確信しました。

 

 

例えば私は、恋愛が終わる時は自然消滅させたり、仕事を辞める時にはきちんとお世話になった上司に挨拶もせずに逃げる様に会社を去ったこともありますし、人の申し出を断らずに不満を溜め込んだこともありますし、嫌いな人間にも迎合していつまでもダラダラ付き合いを続けたりなんてことをして生きて来ました。

 

人の喜ぶことを言えばコミュニケーションはうまく行くと考えていましたし、いつも人に嫌われない様に人のご機嫌を伺っていました。

 

 

確かにこうすることで、多くの場面で人との争いを避けることが出来ましたが、ですがかわりに本当の自分を見失ってしまいました。

 

そんな生き方をして来ましたから、実は親友と呼べる長い付き合いの仲間と一緒にいても、何か話さなきゃとどこか緊張する時がありますし、私は完全に挙動不審で、落ち着きが無い、人望も無い頼りない人間になってしまいました。

 

 

私がこういう風になってしまった原因は、修羅場をことごとく逃げて来たからだと思います。

 

そうしたことが積もり積もって限界に達して行き詰ってしまったのだと思います。

 

 

何か人間関係が上手く行かない…ちゃんとしてるはずなのにどんどん悪い方向に向かって行ってる…なんでだろう…何かがおかしいと真剣に悩んで原因を探すことにしました。

 

 

 

面白いことに、著者も私と同じ三十代後半でこのような状態に陥ったというから驚きです。

 

 

ひょっとしたら、これくらいの年齢で、上手く行かない人生を改善させたいと考える人が多いのかもしれません。

 

そして、上手く行かない原因を探り、「そうえば今まで自分を押し殺して生きてきたな…これって大間違いなのでは?」と気づくことになるのかもしれません。

 

 

 

本書を読み終わった今ならハッキリわかりますが、自分が「いやだ」と思っていることを、他人の気持ちを優先して考えて押さえ込むということは、どう考えても異常です。

 

 

自分に嘘をついてしまう事になるのですから、そんなことを続けていたのでは、間違いなく自分が大嫌いになってしまうと思います。

 

 

そうやって生きて行けば、時間が経過すればするほど表情も雰囲気も暗くなり、背中は寂しく、孤独に生きることになると思います。

 

そんな人生では、幾らお金を稼ぐことができたとしても成功とは言えません。

 

幸せとは言えません。

 

 

 

小さなことですが、自分の本音を隠すということは、一つ一つが大きな人生の岐路だと考えた方が良いと思います。

 

 

安請け合いをして楽な道を選べば、そのときは上手く回避したつもりでも、自分は自分が嫌いになり、心に大きなダメージを負ってしまいます。

 

そしてその傷を一生抱えて生きることになり、果てには自己嫌悪の嵐が待っています。

 

 

いつまでも消えて無くならない嫌な記憶となってずっと残ってしまうと思います。

 

 

そうしない為にも、勇気を出して、自分を出して言いたいことを言い、やるべきことをやることが大切なのだと感じます。

 

 

 

 

おわり

 

この本とは、本当に良いタイミングで出会うことができたと感じています。

 

私が今読むべき本を、ベストなタイミングで手に取って読むことができました。

 

 

 

私は、同級生なのに物凄く貫禄があって、迫力があって、周囲から慕われ、尊敬を集めている人間は、なぜこうも大きく成長出来ているのか?自分とは一体何がどう違うのか?ということを常日頃から疑問に感じていました。

 

 

腕力が強いわけではなく、お金を持っているわけではなく、何か凄い能力があるわけでもありませんが、なんだかとても背中が大きく見えるのです。

 

しっかりした大人のオヤジになれているのです。

 

子供が大人を見て大きな大人だと認識出来る様なそんな感じです。

 

 

私の方が背が高いのに、その人の方が随分大きく見えます。

 

かたや私は、20代の若者よりも威厳が無いなと感じてしまうこともある位情けない、まさにアダルトチルドレンという言葉がピッタリ当てはまる様な人間です。

 

 

 

この違いは、修羅場をどれだけくぐって来たのかという所にあるのだと本書を読んで気がつくことができました。

 

 

修羅場を積極的に逃げる人はどんどん小さくなり、修羅場に立ち向かい乗り越えて行く人間は、どんどん大きく成長して行きます。

 

これがいわゆる人間の器の大きさを作ることになります。

 

 

 

逃げる人間は、逃げてしまったことから怯えて暮らすことになってしまいます。

 

逃げてしまうと、まるで逃げたことが顔に書いてあるかのような状態になってしまい、新たに接する人にもその不安感を感じさせてしまい、どこか落ち着かない雰囲気を作ってしまいます。

 

意味も無く挙動不審な人間は、肝心な場面で逃げ出して生きてきた結果そうなっているのだと思います。

 

 

 

修羅場を逃げずに乗り越えて来た人間は、どんな壁も乗り越えられるという確固たる自信があるので、いつも堂々とした振る舞いが出来ます。

 

自分を信じているから、何も怖くないのだと思います。

 

 

 

本書にも書かれていましたが、逃げ続ける人間は、年齢は関係なく、年寄りになっても眼がキョロキョロとしていたり、どこか落ち着きの無さを感じさせる人間なってしまう様です。

 

やはり逃げる人間は、内面的に成長できないのだと思います。

 

 

その場を上手くやり過ごしたとしても、自分の心はずっと覚えているからこうなってしまうのだと思います。

 

 

 

私は、正直そういった修羅場を回避するということを軽く見ていました。

 

その場を上手く逃げることができればそれが最善だというずるい考え方をしていましたが、それはどうやら大きな間違いだった様です。

 

しっかりと逃げてしまった代償はツケとなって自分の中に溜まってしまっていたようです。

 

 

 

今回この事実に気が付くことが出来ましたので、今後は逃げずに立ち向かって行きたいと思います。

 

そうやって、やることをやって、言うべきことを言うことでまともな人間・大人に近づくことが出来るのかなと思います。

 

 

 

これは本当に、良き人生を送る上では大切なことだと思います。

 

真の心の平安を得るのに絶対に欠かすことが出来ないものだと思います。

 

 

 

本書からは他にも沢山の学びが得られます。

 

同じように悩んでいる方にはおすすめですので、気になる方は是非読んでみてくさいね。

 

 

 
  

関連ページ

第153回芥川龍之介賞受賞作、火花(ひばな)を読んで「感想」
40%理解しあえたら結婚しようを読んだ読書感想メモ
特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ【読書】
本を開いて押さえる便利アイテム!ページオープナーが超便利!
書籍「超凡思考」を読んで…読書感想・メモ
【読書】「ひとり時間」ですべてがうまく回りだす!を読んだ感想・メモ
【読書】月3万円ビジネスを読んだ感想・メモ
【読書】ベストフレンドベストカップルを読んだ感想・メモ
アイディアを10倍生む考える力を読んだ読書感想・メモ!
面白くてよくわかる!アドラー心理学を読んだ感想・読書メモ
時間があるなら図書館を有効活用しよう!知的宝庫図書館通いのすすめ!
男と女の心理学・コツさえわかれば相手は振り向くを読んだ読書感想メモ!
仮想世界で暮らす法を読んだ読書感想メモ!
キーワード検索がわかるを読んだ読書感想メモ!
幸福の探求・幸福に生きるための条件とはを読んだ読書感想メモ!
男のための自分探しを読んだ読書感想メモ!
大人の「男と女」のつきあい方を読んだ読書感想メモ!
ずっと彼女がいないあなたへを読んだ読書感想メモ
書籍を読む事で間違いなく増えて行く知識の引き出し・ボキャブラリー!
〈愛〉の処方箋・こころと魂を癒すサイコセラピストの助言62・読書メモ!
ソウルメイトを探せ!理想の恋人の見つけ方を読んだ読書感想メモ!
イソップに学ぶ恋愛成功法則を読んだ読書感想メモ!
愛されるこころ愛を疑うこころ・真実の幸福のある場所の読書メモ!
恋愛不全時代の処方箋を読んだ読書感想メモ!
ほんのちょっとでも結婚が気になるあなたへを読んだ読書感想メモ!
運命の人(ソウルメイト)と結婚するためにを読んだ読書感想メモ!
大学で大人気の先生が語る〈恋愛〉と〈結婚〉の人間学を読んだ読書感想メモ!
困難な結婚を読んだ読書感想メモ!
悪の恋愛術を読んだ読書感想メモ!
「恋ゴコロ」のすべてがわかる早稲田の恋愛学入門を読んだ読書感想メモ!
なぜ自分の恋に自信が持てないのかを読んだ読書感想メモ!
あらしのよるに−恋愛論−を読んだ読書感想メモ!
はじめての結婚を読んだ読書感想メモ!
人は、恋愛でこそ磨かれるを読んだ読書感想メモ!
本気で人生を変えたい人のための自分を愛する技術の読書感想メモ!
働くことを考えはじめたとき読む本を読んだ読書感想メモ!
効果的な本の読み方について考える!本を読む時の心構えとは?